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安倍総理自らが、我が国の働き方改革に強い意欲を示している。

■モーレツ社員を否定する?!
「長時間労働を自慢する社会を変える。かつての『モーレツ社員』、そういう考え方が否定される日本にしたい」政府は2日、内閣官房に「働き方改革実現推進室」を設置。長時間労働や非正規雇用、同一労働同一賃金など労働環境に直結するテーマを扱う方針
テレ朝news「“働き方”モーレツ社員否定 働く人の考え方中心に」2016/09/02」

「モーレツ社員が否定される日本にしたい」という、端的かつ非常に強いメッセージである。


■首相の発言に対するリアクション
この首相の発言に対し、賛否は両論である。米国の大学教員であるWilly氏は「「皆で同じ価値観を持って働きましょう。価値観に合わない人はみんなで後ろ指さしましょう。」という村社会のルールで人を動かそうとしているところが古い」「いつの時代もモーレツに働く一部の社員が会社や社会を豊かにしてきた。そういうモーレツ社員を、会社はそれに見合う報酬を払うことによって報いるべきだし、他の社員は尊重する社会にしなければならない。」と指摘する。そして「「モーレツ社員がかっこいい社会」の次に来るべきものは、「各自が周囲を気にせず思うように働く社会」であって、「モーレツ社員がかっこ悪い社会」でもなければ「ゆったり働く社員がかっこいい社会」でもない。」と主張している(BLOGOS「モーレツに働くとカッコワルイのか?」2016/09/05)。


上記の指摘は示唆に富むものだ。しかし、日々労働に勤しむ立場から言えば、疑問を呈せずにはいられない。以下の点である。


第1には、現状において、上記の「モーレツ社員」には、自発的にモーレツな働き方を選択している(選択できる)社員もいれば、モーレツな働き方しか選択できない、いわゆる過重労働を強いられている社員もいる、ということだ。論点は働き方に裁量があり、選択の余地があるかという点につき、それらに欠けるならば、モーレツ社員は社畜とも奴隷社員とも換言できよう。


ブラック企業問題が指摘され久しいが、ブラック企業では、まさにモーレツな働き方を選択せざるをえない。その他の働き方など、選択肢としてあり得ないのだ。Willy氏のいう「モーレツに働く一部の社員」は、労働に見合った処遇や評価がなされるだろうが、ブラック企業の社員たちは、自分たちが使いつぶされるのを待つのみである。こうした極端に悪化している職場環境を改善するには、国がイニシアチブを発揮し、強い方向性を示すといことは、一定の合理性があるだろう。


「村社会のルール」と揶揄するならば、我が国ではブラックなムラが乱立しており、ムラ内において「年次有給休暇をとるとはけしからん」「残業しないで帰るなんて自分勝手」等の価値観が強制されているのが現状だ。これらの極論に対しては、毒を以て毒を制すというスタンスの、極論にも似たメッセージが必要なのではないか。


■「無制限にモーレツな社員」は否定されるべき
第2には処遇と勤怠管理の問題だ。たとえモーレツ社員がモーレツな業績を上げたとしても、それに見合った給与処遇や昇進について、青天井に認める体力はどこの企業でもあるものではないだろう。組織のダウンサイジングは進み、上位職のポストは限られている。たとえ業績を上げたからと言って、誰もが昇任できるとは限らないのが現状だ。Willy氏の提言のとおり、ふさわしい処遇ができかねる状況なのである。


また、企業における健康管理やコンプライアンス重視の流れの中、「会社で朝日を見る」的な働き方は(少なくとも対外的には)許容されなくなってきている。たとえ社員自身が徹夜もいとわない働き方を希望したとしても、企業側が労基法等の法令に基づいて、ブレーキをかける必要がある。さもなければ、労基署による立ち入り検査がいつ来てもおかしくない状況に追い込まれ、企業のブランドに大きな傷がつくことになる。


したがって、理想論ではあるが、今後は「労基法等法令の定めの範囲内で」モーレツに働くという視点が必要であろう。限られた時間内で最大限の成果を出す努力、と言い換えてもいい。そういう意味において、旧来の「自分の時間や家庭を顧みない」モーレツな働き方は、残念ながら否定されるべきなのだ。


■働き方改革を進めるために
冒頭の発言内容はあまりにも端的なコピーのため、真意が伝わりづらいのは確かだ。ただ、本稿で主張するように、「モーレツ社員」が旧来の無制限な働き方を指すとすれば、それは当然否定されるべきだ。


風土や文化というものを変革するのは大変困難である。男性の育休取得や年次有給休暇の取得促進などが叫ばれて久しいが、いずれも進まないのは、これまで培ってきた我が国の職場における文化にそぐわないからだ。学校における「いじめ」がなかなか根絶できないのと同様に、働き方改革についても、一企業の努力では、その推進すら到底困難である。


したがって、本件について、国が音頭をとり明確に方向性を示す、ということは悪い選択肢ではない。いじめ撲滅や育休取得促進と同様、国民の英知を結集して進めるべき政策だ。繰り返しとなるが、残念ながら我が国の誤った働き方を変えるには、個人(企業や社員)の努力には限界がある。いままで抜いてこなかった伝家の宝刀を抜いて、毅然とした姿勢で、働き方改革に臨むべきだろう。


「働き方までお上に指示されなければいけないのか」という意見もあるだろう。「働き方」は各人のキャリアに直結し、キャリアを広義に(職業人生を含む)人生と定義するならば、そこまで国が立ち入ることには疑問を覚えることは当然である。しかし、働く人全員に該当するとはいわないまでも、日々心身を摩耗させる働き方を選ばざるを得ない人が存在する中、我々自身や次世代を担う子供たちが健康に働くための議論は、待ったなしなのである。


無論、本件の議論を進めるにあたり、データに基づく現状把握や具体の数値目標は必須だ。先の発言からは具体の情報は読み取れないが、今後の展開を注視したい。


【参考記事】
■公務員の給与引き上げは正しい。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/49293753-20160812.html
■男性の育休取得率、過去最高なのにたったの2.65%なのは何故? (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/49241912-20160805.html
■トヨタ自動車のリコール問題について、休日返上でディーラーに行ったら死ぬほどガッカリした件。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
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http://sharescafe.net/48964354-20160629.html

後藤和也 産業カウンセラー キャリアコンサルタント