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実に痛ましい事件が起きてしまった。ある市役所でうつ病から復帰勤務中の職員が、上司の心ない言動が要因となり自殺してしまったという。

■本件の概要とは
「亡くなった男性は、東久留米市の学校給食職員だった。職場のストレスで約2年休職した後、2013年5月から復職訓練を受けていた。(中略)男性はこの日、上司である学務課長に呼び出され、次のような言葉を投げかけられた。「お前の行くところはない」。男性は結局、8月4日に自殺した。
BuzzFeed Japan「うつから復帰訓練中「お前の行くところはない」と言われ…東久留米市職員の自死裁判で和解」2016/12/15」

職員は職場の保健師に上司の言動について相談、本件はパワハラと判断した保健師も人事当局に連絡を入れたという。加えて、症状の悪化を懸念した主治医も市側に連絡したと言うが、状況は改善しなかったという(前掲記事)。怒りを覚える対応である。


■市による対応の問題点
報道によれば、遺族側が指摘した市の問題点は以下のとおりだ。

「(1)東久留米市では、職場復帰支援プログラムの内容が決まっておらず、明確な説明もなかったため、本人が復職への見通しを持てなかった。
 (2)関係者たちが一堂に会した協議や、具体的な職場復帰プランがなく、フォローアップも適切ではなかった。
 (3)管理職向けのメンタルヘルス研修がなかった。
 (4)職場復帰への不安感や焦燥感に全く配慮せず、かえって復職できないのではと不安を生じさせるようなパワハラ発言があった。
 (5)学務課長の発言を受けて自殺を準備したことなど、本人や妻、保健師、主治医が市側に伝えたにもかかわらず、適切な対処がなかった。
(前掲記事)」

適切な法律・規則の運用を図る立場である地方公共団体におけるメンタル不調対応がこのような有様だとは、産業カウンセラーとしては開いた口がふさがらない。心ない言動を行った上司個人の資質はもちろんのこと、職員の安全や安心を預かるはずの人事部門、ひいては市当局の組織としてのあり方に大きな問題がある。


■メンタル不調対応は管理職の本来業務だ
言うまでも無く、メンタル不調の問題はいまや社会問題だ。事業所規模5000人以上の企業に、「メンタルヘルス上の理由により休業・退職した労働者の有無」を問うたところ、91.3%が「いる」と回答したという(厚生労働省「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」)。皆さんの周りでも「うつで休職」という状況は、もはや珍しいものではなくなっているのではなかろうか。


国も現状を放置しているわけでは無い。むしろかなり以前から対策を講じてきた。前掲手引きによれば、「心の健康問題で休業している労働者が円滑に職場復帰するためには、職場復帰プログラムの策定や関連規程の整備等により、休業から復職までの流れをあらかじめ明確にしておくことが必要」と指摘し、休業開始から復帰後のフォローまで、具体を例示しながら丁寧に解説している。地方自治体(県や市等)においても、「精神保健センター」等の施設を設置し、従業員のメンタル不調対策や復職支援に対し、専門的なアドバイスを実施している。


当然、主治医からの情報の収集や労働者の状態の把握は事業主の責務だ。さらには上司においては「職場環境等の問題点の把握と改善、就業上の配慮、職場復帰後の労働者の状態の観察」を求め、人事担当部門においては「人事労務管理上の問題点の把握、労働条件の改善、配置転換・異動等の配慮」を求めているのである。


■本件は組織的な大問題である
繰り返しとなるが、国や地方公共団体については、法令規則の遵守や適正な運用を図る立場として、メンタル不調対応についても適切に対応すべきである。特に地方公共団体においては自前で医師や保健師等、産業保健スタッフとなり得る職員を多数有している。本件についても、人事当局に連絡した保健師の訴えに真摯に向き合っていれば、結果は異なっていたのでは無いかと言わざるを得ない。


職場環境改善や就業上の配慮をすべき上司がパワハラ的な言動を行い、配置転換等を企画すべき人事部門が関係者の意見を黙殺した結果、職員が死に至った。これは言うまでも無く組織的な、きわめて重要な問題なのだ。


仮に公務員が私的な場で他人を傷つけ死に至らしめたとしたら、当然当該公務員は懲戒免職(退職金は不支給)となり、刑に服すこととなる。本件の責任を一人に押しつけるつもりは毛頭無いが、職場で真摯に向き合うべき業務に目を背けた結果一人の職員が命を落とした。当然、関係者には相応の懲戒処分が下るものと思われるが、ほとぼりが冷めた後に職務に復帰し、定年の際は相応の退職金を手にして意気揚々と第2の人生を謳歌する、とすれば、なんともアンバランスな話ではある。ご遺族はもとより、市民国民はその事実をどう捉えるのであろうか。


■組織から「心」が離れていくとき。
一般に公務員はゼネラリストであり、その職域は広範なものであるだろう。近年の定員削減や住民のニーズの多様化により、職務も複雑かつ困難になっているということは、素人目に見ても理解できる状況だ。


しかし、「上司として部下の健康を守る」ということは、管理職の基本中の基本であるはずだ。人の痛みが分からない人間を管理職に据えるべきではないし、管理職を目指すべきでもないだろう。特に、メンタルヘルス不調からの復職というナイーブな状態であるときは、いっそうの配慮や気配り・目配りが必要なのだ。


前掲記事によれば、人事当局に危機を訴えた保健師は今回の事件を受け、「人のメンタルを大事に扱えない職場では働けない」と抗議の辞職をしたという。人の心身の健康に無関心な職場からは、自然と人が離れていくのだ。具体の辞職という行動で無くとも、組織から心(帰属意識や愛社精神)が離れていく、ということもあり得ることだ。それは人気職種である公務員でも例外では無いだろう。人の「心」を軽く見てはいけないのだ。


最後になりましたが、職員ご自身のご冥福を心からお祈り申し上げます。


【参考記事】
■「絶対にクビにならないから、公務員になろう!」は正しいのか? (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/50168898-20161207.html
■キャリアコンサルタントが自身のキャリアを描けない、という笑えない話。(後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/49875267-20161028.html
■電通新入社員自殺、「死ぬくらいなら辞めればよかった」が絶対に誤りである理由。 (後藤和也 産業カウンセラー/ キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/49739049-20161010.html
■公務員の給与引き上げは正しい。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/49293753-20160812.html
■サザエさんの視聴率が急降下した本当の理由とは。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/49055679-20160711.html

後藤和也 産業カウンセラー キャリアコンサルタント