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去る8月8日に、人事院は3年連続となる国家公務員給与の引き上げを勧告した。

■今回の人事院勧告の内容は
「人事院は8日、国家公務員の月給を0.17%、ボーナスを0.1ヶ月分引き上げるよう、国会と内閣に勧告した。引き上げを求めるのは3年連続。年間給与は平均で5万1000円増える見通し。
JIJI.COM 「3年連続で引き上げ勧告=国家公務員の月給、ボーナス-配偶者手当は半減・人事院」 2016/08/08」

例年のことではあるが本件について、「公務員の給与を上げるために増税したのか」「身分が安定している公務員の給与は平均給与の半額で良い」等という非難(?)の声が多く寄せられている。


■そもそも人事院勧告とは何か
感情的なバッシングについては後述するとして、そもそも人事院勧告とはどのような制度なのだろうか。


人事院とは、国家公務員の人事政策・給与制度等を幅広く所掌する中立的な国家機関である。その人事院が、国家公務員と民間企業給与を調査したうえで、役職・勤務地・学歴・年齢を同じくする者同士の給与を比較し、得られた格差を是正することが、いわゆる人事院勧告である。わかりやすく言えば、国家公務員と民間ビジネスマンの給与を比較し、公務員が高ければ給与引き下げ、逆であれば給与を引き上げますよ、という仕組みだ。


また、今回の扶養手当(配偶者手当)の見直しのように、政策的にまたは民間企業の状況に準拠し、給与以外の諸手当等についても増減・新設廃止を行うこともある。原則は「民間準拠」であるのだ。


ご承知の通り、国家公務員は、民間ビジネスマンに保障される労働基本権の一部が制限されている。したがって、国家公務員自身が労使交渉の結果、給与を決定する、ということができない。加えて、公務の性質上、一義的には営利を目的とはせず、賃金相場というものがそもそも曖昧である。そのため、類似の業務を行っている民間企業の給与相場に倣うというのが合理的な判断なのだ。民間企業における労働争議の末に決定した「非理性的な給与相場」を、訪問(一部郵送)調査を経て統計処理し、「理性的」に淡々と準拠する、ということになっている。


■給与引き上げ勧告に対する的外れな批判
したがって、人事院勧告は国の財政状況などを考慮しない仕組みとなっている。原則に従い、民間企業の状況に応じて粛々と勧告がなされるのだ。無作為抽出による調査のため、正確なデータはふたを開けるまではわからない。引き上げ勧告に備え事前に増税を行う、等という行為は非常にリスキーなものと言えるだろう。


さらに言えば、人事院勧告の段階では、読んで字のごとく「勧告」がなされたに過ぎない。勧告の内容は閣議決定がなされたのち「一般職の職員の給与に関する法律(給与法)」の改正案として国会で審議され最終決定される。最終的には、我々国民(の代表)が内容の妥当性を吟味し、国民のチェックがきちんと行われる仕掛けとなっている。国の財政状況を鑑みよ、と主張したいなら、人事院勧告を非難するのではなく、改正給与法の審議に携わる国会議員や政党に物申すのが筋となる。


また、人事院勧告に限らず公務員批判でよく聞く主張として「公務員の給与は現在の半分で良い」というものがある。しかし、国家公務員の仕事は役所の窓口だけでなく、例えば、昨今話題の領海侵犯に対処する海上保安業務や量刑施設での刑務官業務、国立公園や河川等の管理業務等多岐にわたる。仮にこれらの行政サービスの質が現在の半分程度となるようなことは、受け入れがたいだろう。「公務員は全体の奉仕者なのだから半額の給与でもパフォーマンスを下げるな」という議論もあるだろうが、奉仕の精神は突き詰めればボランティアでの業務遂行を求めることとなり、暴論であると言わざるをえない。


なお、人事院勧告に対する根強い批判の一つに「大企業ばかりと比較しているのではないか」というものもあるが、これも的外れと言わざるを得ない。比較対象となる民間企業の定義は「企業規模50人以上かつ事業所規模50人以上の事業所である。中小企業法における中小企業の定義については、「常時使用する従業員の数」として、業種により異なるものの、50人以下から300人以下とされている。中小企業についてもしっかりと比較対象とされているのだ。


■国家公務員の給与は高いのか
一方、「公務員の給与は高いのでは」という疑問の声は根強い。果たしてそれは事実なのだろうか。


本件では、まず公務員における「国家公務員」と「地方公務員」の別の整理が必要だ。文字通り、国の機関(府省庁及びその出先機関)に勤務するのが国家公務員であり、地方自治体の機関(県庁、市役所、町村役場等)に勤務するのが地方公務員である。


地方公務員は、政令指定都市であれば当該人事委員会勧告をベースに、それ以外の自治体であれば給与に関する条例の改正を経て決定される。地方自治体として独自の俸給表(給与表)を保持しているケースは少ないと思われ、国における人事院勧告を参考資料としているはずであるが、地方における財政状況が反映されるため、給与は国に比して給与額が増減している場合がある。

そして、地方都市に国の出先機関がある場合、相対的に国家公務員の給与が高くなるという現象が起きる。


例えば、筆者の妻の実家は農村地帯で、住民の殆どが自営の農家か介護職に従事している。この地域に国の出先機関があるとした場合、国家公務員の給与は全国調査で民間給与と均衡がとれているものの、当該地域の給与相場(農家や介護職)に比べると相対的に高くなる、ということだ。

ここまで極端な例ではないが、一般に地方に行けば行くほど大企業の数は減り、中小企業が多くなる。ある地域をピンポイントで見ると、相対的に国家公務員給与が高くなる、ということが起こり得るのだ。さらに国家公務員同士の夫婦だとすれば、その格差は2倍以上となる。当然、この場合においても、統計的に国家公務員給与が民間給与を上回っているというわけではない。繰り返すが、国家公務員給与は全国一律の比較調査において、民間準拠の原則は厳守されているのだ。


納得いかない方もいるだろうが、例えば全国規模の企業で考えれば、県をまたぐ転勤のたびに給与のベースが大幅に増減する会社は極めて少ないはずだ(調整手当、等の名称で給与に一定のパーセンテージを掛けて算出する額で調整を図っているケースはあるかもしれないが)。そうでなければ、給与が大幅に下がる地域への異動を拒否する等、給与制度が人事異動の足かせとなってしまうだろう。さらには、異動のたびに給与のベースが幅広に動くとすれば、社員が生涯設計を立てることすら、難しくなってしまう。


なお、省庁別の人事慣行にもよるが、国家公務員は一般に県をまたいだ転勤を繰り返す傾向にあり、当該格差が生涯続くわけではない。また、そもそも地域相場との均衡が計られているのか、という議論は、むしろ地方公務員給与と当該地域の民間給与の比較において考察すべきものと思われる(本稿は国家公務員における人事院勧告について論じるため、当該議論については深掘りしない)。


■条件反射的なバッシングがもたらすものとは
筆者はかつて人事院勧告の実施に関する業務に従事した経験があるが、特に地方において、国家公務員給与に準拠した給与制度を運用している企業・団体は多い。例えば医療法人(病院)や学校法人などだ。その地域経済をリードする企業等も、人事院勧告の影響は少なくないのだ。仮に先のバッシングのとおり無尽蔵に公務員給与を引き下げた場合、負のスパイラルが起き、地域経済が停滞してしまうことも起こり得る。それはブーメランのように、非難をしている人の生活を直撃することになる。


長引く不況や政治的なパフォーマンスの影響で、わが国においては頻繁に公務員バッシングが行われてきた。事実、一部公務員の不祥事も絶えない。しかし、データを踏まえない感情に任せた公務員バッシングを行うことは、建設的とは言えない。


「給与引き上げで官が経済をリードするのだ」という主張は言い過ぎだとしても、給与が一義的に労働の対価であることを考えれば、その適正性を担保することは極めて重要だ。国家財政が厳しいからといって、何らのデータに基づかずに公務員の給与を引き下げるということになれば、国家財政が好調なときは公務員の給与を青天井に引き上げても良いこととなる。が、それはいずれも感情的である。やはり、民間企業の状況という事実をベースに、冷静かつ論理的に議論をすべきことなのだ。


もちろん、お手盛りの待遇改善がなされるとしたらそれは論外であり、決して許されるものではない。事実に基づいた論理的な判断がなされることが大前提だ。一国民としては、議論の本質を冷静に見極める視点を持ちたいものである。


【参考記事】
■男性の育休取得率、過去最高なのにたったの2.65%なのは何故? (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/49241912-20160805.html
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http://sharescafe.net/49117651-20160719.html
■サザエさんの視聴率が急降下した本当の理由とは。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
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■「圧迫面接」は御社の経営を「圧迫」します!(後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
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■やっつけの社員研修が死ぬほど勿体ない理由。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)
http://sharescafe.net/48789835-20160607.html

後藤和也 産業カウンセラー キャリアコンサルタント